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zoom RSS 8・15は裕仁・昭和天皇の英断実行の日−日本軍事に妥協的に丸め込まれたのは大変残念だが−

<<   作成日時 : 2008/08/17 14:58   >>

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昭和天皇「玉音放送」に隠された真実 週刊朝日 8/22

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 この硬めの「週刊朝日」が、書店で割りとよく売れているので驚いた。前々から、多少気になることがあり、小森陽一(東大教授)の上記文章は、興味深く読ませて貰った。

 当時の陸軍・海軍等軍部と、昭和天皇への批判は、大略その通りだと思う。確かに、詔勅原文の「戦勢日ニ非ナリ」をこれでは「これまでの大本営発表が、偽りであったと認める」ことになると、これを排除した阿南惟幾・陸軍とか、「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」(詔勅草稿)と、天皇自ら「不徳」と表現しているに拘らずこれを「天皇草稿」から排除した、これである。

 しかし、にも拘らず裕仁・昭和天皇を「擁護したい」と感じて来たのは、東條英機(木曜会)に代表される日本軍事が、明確に「世界の切り取り」を確信的に画策し、「満蒙を取れ」と、各種事変を繰り返して来た「日本軍部」連とは、天皇は明らかに違うだろう、と考えてきたからだ。

ここでも東條は、「戦争責任」を取り三年で辞任して居るに拘らず、天皇英断・ポツダム宣言受諾を、「天皇を含む国政指導者と国民の無気魂(気力も魂も無くし、だらしない国民・指導者)」と断じている。毎日新聞


 戦後63年経ち、やっと明らかに成ってきた事がある。これは逆に、隠蔽勢力を完全に排除し「真実」に至るには、63年も掛かる、と言うことか?

圧巻の番組として注目して来たものに、ザ・スクープ・テレ朝があるのだが、「日本で一番平和な月・八月」としては、ピッタリのものだった。

 中でも日本海軍の「自殺爆弾・ベニヤボート・震洋」は、実に酷いものだ。戦争末期で材料難と云う事か、船体は数ミリ幅のベニヤ板だ。これに何十キロか何百キロかの爆弾を乗せている。船体がベニヤ板なら、敵サンも大砲は要らない、機銃掃射で十分なのだ、水没か火達磨には。

あろう事かこれを、六千から七千も、海外を含め配備して居たと言うのだ、信じられるか?いつもこの種の船に乗せられるのは「新兵」だ。「たまたま」生存した「震洋自爆ボート」乗組員が証言している。これは、やはり悪いことはしない方が良い、という教訓なのだが。


 日本海軍は、八月十四日付け「日本政府」のポツダム宣言・無条件降伏受諾と、八月十五日付「戦争終結・昭和天皇詔勅」に叛乱し、八月十六日付で、「敵艦を確認したら戦闘せよ」との命令を出している。よく今日まで恍けてこれたものだ。

そして悲劇は起こる。まず、有りもしない「土佐沖にアメリカ軍艦迫る」と云う偽情報の下、「震洋」に出撃命令を出すわけだ。もちろん震洋は、一人用の自爆船だ。血気にはやる二十代の若者は、「それっ」と乗り込む訳だが、ここでも奇妙なことが起こる。

何故か上官の命令で、震洋は数珠繋ぎに「直列」に配置される。幅の広い浜辺で、電池じゃあるまいし、115隻ものボートを「直列」させる必要はあるまい?海辺に横に並べて「並列」させ、「出撃」させるが良かろう?その方がよほど効率の良い「出撃」ができるというものだ。

 
 そして第一の悲劇が起こる。先頭の震洋がエンジンをかけたとたん、後部エンジンからの火熱が後続の震洋に移り、火を噴き始める。その時はあわてて消火し、事なきを得る。皆そりゃあびっくりしただろう。火が移れば、間違いなく大爆発だ。

 そしてこれが最後の悲劇だ。あわてて逃げ惑う「新兵」に、再び同じ隊形に戻れという、全員招集が掛かる。さすがにこの時、「この命令はおかしい」と判断し、命令を拒否し防空壕に居残ったものが居る。これが「震洋・生存者」4名なのだ。


そして半分おかしいと感じながらも、上官命令に従順に従った「111新兵」は、海軍シナリオ通り、大爆発悲劇の藻屑と消えて行く事になる。要するに震洋直列接続とは、「震洋」を永遠に葬る仕掛けだったのだ、新兵を含めて。



天皇裕仁の戦争責任は「どの点で、どの程度あるか」 ナザレのイエス御自身の信仰の形成過程と見えたもの

「震洋・魚雷艇学生」 島尾敏雄  西日本新聞

特攻兵器「震洋」「マルレ」艇の開発と戦歴  鳥飼行博研究室

「震洋・乗員とも、日本海軍では部品扱い」 ぺスタン写真館




















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